メルマガ 第22号 電通
今回は広告代理店最大手の
『電通』
を取り上げます。
広告業界と言えば、真っ先に名前が挙がるのは電通ではないでしょうか?
年商は1兆7491億円と2位の博報堂に8000億円以上も差をつけるトップシェアを誇っています。
そんな電通ですが、創業時はわずか12坪の2階建ての借家を借り、その借家の1階の6畳と2畳のわずかふた間から事業をスタートさせています。現在では、建築家ジャン・ヌーベルが設計した地上48階、地下5階の立派な汐留本社ビルで業務を行っています。
電通の創業は、100年以上前の1901年に広告代理業「日本広告」として設立されたのが前身となります。
電通創業者の光永星郎はもともとは新聞社にニュースを提供する通信会社を起こす事を考えていたが、新聞社にとってはニュースと同時に広告の確保が重要である事。また、通信会社だけでは採算が合わない。という事から通信事業と広告代理事業を合わせる形で、広告代理業の「日本広告」を創業し、その4ヶ月後に「日本広告」内に「電報通信社」を発足させました。
事業開始当初は、苦労したものの、2年目より黒字化となり事業は順調に拡大していきました。これにより光永は事業の成長に自信を持ち、通信事業と広告代理事業の一体経営を決意します。そして、1906年に「日本電報通信社」を設立して「電報通信社」を吸収し、「日本広告」を合併します。
通信事業と広告代理事業の併営体制がスタートすることになります。
この後、第1次世界大戦が勃発しますが、この時の戦争報道の成果により「日本電報通信社」の評価は一気に高まります。折からの好景気もあり業績も急上昇していきます。
しかし、ここで一大転機が訪れます。
国の戦時体制の強化により、国家的な通信社の設立構想(国策通信社1社主義)が持ち上がります。
政府は、当時ライバル関係にあった「日本新聞聯合社」との統合方針を打ち出し、社名を「同盟通信社」にすることに決めます。
1936年、通信部門は「同盟通信社」に分離譲渡され、この日から、「日本電報通信社」は広告代理業専業として新たに発足します。これが現在の電通の始まりとなります。
この後、戦時下の経済統制強化により広告業界は冬の時代を迎えますが、この危機を乗り越え成長していきます。戦後、売り上げ、シェアの拡大により社名と業務実態がそぐわなくなり、1955年に旧社名の略称であった「電通」に社名変更をします。
■ 沿革 ■ -----------------------------------------------
1901年(明治34年)
光永星郎、日本広告を設立。電報通信社を創立。
1906年(明治39年)
「電報通信社」を「日本電報通信社」とし株式会社化。
1907年(明治40年)
「日本電報通信社」と「日本広告」が合併。
1951年(昭和26年)
民間ラジオ放送開始。本社にラジオ局を新設。
1953年(昭和28年)
民間テレビ放送開始。本社、大阪支社にラジオテレビ局を新設。
1955年(昭和30年)
「日本電報通信社」から「電通」に社名変更。
1989年(平成元年)
売上高1兆円達成。
2002年(平成14年)
汐留本社ビル竣工。
■ 企業データ ■ -----------------------------------------
正式社名 株式会社電通
住所 〒105-7001
東京都港区東新橋1-8-1
電話番号 03-6216-5111
URL http://www.dentsu.co.jp/
メールマガジン『名前の由来』の購読はこちらから
