メルマガ 第46号 ヤマト運輸
メールマガジン『 名前の由来 』
今回は、売上高が1兆円を超え、宅配便トップの
『ヤマト運輸』
を取り上げます。
「ヤマト運輸」と言えば、宅急便です。黒猫の親子のマークでも有名です。
1日の取り扱い個数は3,000万個あまりで、年間10億個以上の宅急便を日本全国に配達しています。今日出して、翌日か翌々日には荷物が届いてしまうなんてすごいですね。
宅急便という事業の為、設立は新しいかといえばそうではなく、大正8年の創業と長い歴史を持っています。
もともとは、青果店を営んでいた創業者の小倉康臣が、第一次大戦後にモータリゼーション社会の到来を実感し、トラック4台で運送会社を興したのがはじまりです。
その後、百貨店の三越と配送契約を結ぶ事により、順調に会社は成長します。そして東京を襲った関東大震災の復興の際にも輸送が増え、その後、日本一を誇るまでになります。
昭和4年には、日本で初めての定期便の配送サービスを東京と神奈川県の間で開始します。順次配送エリアを拡大し、昭和10年には関東一円でサービスを行うに至ります。この路線トラックは「大和便」と呼ばれ、後の宅急便が誕生するきっかけにもなります。
第二次大戦の戦況悪化により、ガソリンが不足し、止むを得ず業務の縮小に追い込まれますが、戦後、いち早く業務を再開し、戦前の配送ネットワークを復活させていきます。
しかし、戦後のモータリゼーションの進展により長距離輸送手段が鉄道からトラック輸送へ大きく変わろうとしていました。
この大きな変化の時に、西濃運輸、日本運送(現在のフットワークエクスプレス)、福山通運などの運送会社が大きくシェアを伸ばしていきます。
しかし、ヤマト運輸はこの時代の変化に対応できずに次第に業績が悪化していきます。昭和40年代も後半になると経営危機は深刻なものとなってきました。
この窮地を救ったのが創業者の小倉康臣の次男小倉昌男であります。
当時個人の荷物は郵便局の仕事であると考えられていましたが、その小口荷物の分野に参入を決断します。これが宅急便事業の始まりとなります。
社内での反対、路線免許の許認可を巡る国との争い、業績の低迷による資金面での不安など、紆余曲折がありましたが、結果、この宅急便事業の成功により、今日の売上高1兆円を超えるヤマト運輸があるのです。
ヤマト運輸のお馴染みの黒猫の親子のマークは、昭和32年に業務提携したアメリカの運送会社アライドヴァンラインズが猫のマークを使用しており、これを真似て、作られたものであります。
社名のヤマトは、もちろん日本の旧称である「大和」に由来していますが、それと共に会社設立の準備を姉の嫁ぎ先であった薪炭商の「山登屋(やまとや)」の一室を借りて行っていた為、その屋号のやまとにもちなんでいます。
■ 沿革 ■ -----------------------------------------------
1919年(大正8年)
「大和運輸」を創立する。
1929年(昭和4年)
「第二大和運輸」を設立する。(現在のヤマト運輸の登記上設立年月日)
「第二大和運輸」と「大和運輸」が合併する。
1976年(昭和51年)
関東地方で「宅急便」事業を開始する。
1982年(昭和57年)
「ヤマト運輸」に社名変更する。
■ 企業データ ■ -----------------------------------------
正式社名 ヤマト運輸株式会社
住所 〒104-8125
東京都中央区銀座2-16-10
電話番号 03-3541-3411
URL http://www.kuronekoyamato.co.jp/
メールマガジン『名前の由来』の購読はこちらから
