メルマガ 第59号 コクヨ

今回は、文具、オフィス用品で最大手の

『コクヨ』

を取り上げます。

みなさんの会社のフロアを見渡すと、机、椅子、キャビネット、ホワイトボードなどの家具類から、ファイル、伝票、ノート、ペンなどの文具用品迄、さまざまなコクヨの製品が使われているでしょう。


コクヨは、今年(2005年)の10月で、創業100年を迎えました。

コクヨは、黒田善太郎が1905年(明治38年)に和式帳簿の表紙を製造するために開業した「黒田表紙店」が始まりです。
名前の通り、開業当時は帳簿の表紙を製造していましたが、なかなか割の合わない仕事でありました。その為、創業3年目の1908年には帳簿本体の製造も開始し、帳簿本体と表紙の一貫生産を開始します。

この黒田表紙店の和式帳簿は品質の良さが認められ、徐々に市場に浸透していきます。

社会の西洋化に伴い洋式帳簿のニーズが高まったのをうけ、1913年(大正2年)には洋式帳簿の販売も開始します。

ここまで事業が広がると、店名と事業内容がそぐわなくなり、翌年の1914年(大正3年)に店名を「黒田国光堂」と変更します。

これまでは、洋式帳簿の生産は下請工場に委託していましたが、大正6年(1917年)に自社工場を建設し、洋式帳簿の一貫製造が可能となりました。

また、この時から自社ブランド名として「コクヨ(国誉)」を使い始めます。

そして、順調に販売を拡大させていきます。しかし、西日本での販売は順調に拡大しても、東日本、特に東京では苦戦をしていました。

東京の大阪への対抗意識もあり、大阪のメーカーであるコクヨの販路はなかなか広がりませんでした。

しかし、そこへ大きな転機が訪れます。

1923年(大正12年)9月1日。関東大震災が発生します。

この地震により東京の帳簿メーカーは大きなダメージを受け、多くのメーカーで帳簿が生産不能な状態に陥ります。これにより大阪のメーカーに注文が殺到します。

中には暴利をむさぼるメーカーも在りましたが、コクヨは違いました。むしろ安くして、そして品質管理も厳しくして、良い製品を出荷しました。

この対応により、コクヨは東京の代理店からの絶大の信頼を獲得する事になり、東京進出の足場を固める事が出来ました。そして、東京での販売を増大させ全国区のメーカーとして成長して行く事になります。

1936年(昭和11年)の新工場の完成によって、コクヨは業界最大手企業となります。そして、インドネシアや満州の海外へも進出します。

しかし、戦争により海外の工場はもちろん、東京工場なども空襲で失います。残った大阪の本社・工場から復興を開始し、1952年(昭和26年)には戦前の生産量を回復します。1954年(昭和28年)には戦前を大きく超える生産を行い、戦後の復興と共にコクヨも成長を続けていきます。

1961年(昭和36年)に、社名と商標の「コクヨ(国誉)」を一致させる為に、「黒田国光堂」から「コクヨ」に社名を変更します。

「国誉」の由来は、創業者の黒田善太郎が、事業に余裕が出てきた時に、初心を忘れてはいけない、「国の光り、国の誉れとなる商売をしなくては。」という戒めから付けられている。国とは黒田善太郎の故郷の越中富山を指しています。

創業100年の2005年、新しいロゴマークを採用し、新しいコクヨがスタートします。


■ 沿革 ■ -----------------------------------------------

1905年(明治38年)
黒田善太郎が黒田表紙店を開業する。

1908年(明治41年)
和式帳簿の製造を開始する。

1913年(大正2年)
洋式帳簿の製造を開始する。

1914年(大正3年)
店名を黒田表紙店から黒田国光堂に変更する。

1917年(大正6年)
商標「国誉」の使用を開始する。

1938年(昭和13年)
会社組織化し、合名会社黒田国光堂とする。

1949年(昭和24年)
株式会社化し、株式会社黒田国光堂とする。

1961年(昭和36年)
株式会社黒田国光堂からコクヨ株式会社に社名変更する。


■ 企業データ ■ -----------------------------------------

正式社名 コクヨ株式会社
住所   〒537-8686
     大阪府大阪市東成区大今里南6丁目1番1号
電話番号 06-6976-1221
URL    http://www.kokuyo.co.jp/


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まぐまぐ

2005年12月26日 22:38

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