メルマガ 第68号 日清食品
今回は、前回に引き続き、トリノオリンピックを応援している
『日清食品』
を取り上げます。
トリノオリンピックも日程の半分を消化し、後半戦に入っています。
メダルの獲得が期待されていた選手に起こった不運もあり、今回の日本人選手の成績は非常に残念な結果が続いています。
安藤美姫らが出場するフィギュアスケートに期待ですね。
トリノオリンピックを応援する日清食品ですが、日清食品といえば、やっぱりインスタントラーメンですよね。
そのインスタントラーメンを開発したのは、日清食品の創業者の安藤百福であります。
安藤は、終戦直後の何もない時に、梅田の駅裏の屋台で一杯のラーメンを求めて長い行列を作る人々の姿を見て、「一杯のラーメンのために、人々はこんなにも努力するものか」と思い、その状況を脳裏に深く刻み込むのでありました。
その後、事業家であった安藤は、周囲の人々に頼まれて、信用組合の理事長に就任します。しかし、その信用組合が倒産してしまい、池田市の自宅以外の全てを失ってしまいます。
この全てを失った時、終戦直後の梅田で見た屋台に並ぶ人々の行列が安藤の頭に蘇ってきました。
「もっと手軽にラーメンを食べられないものだろうか」と思い、その残された自宅の裏の小屋にこもり、おいしくて、長期間の保存がきいて、簡単に食べられ、衛生的に安全で、低価格なラーメンの開発に取り組む事ます。
ラーメンの開発に試行錯誤の日々が続きます。
味付けをした麺の保存方法に悩みますが、妻が夕食の天ぷらを揚げている姿をみてひらめくものがありました。
「麺を油で揚げれば、水分が蒸発して、保存性がよくなるのではないか」
と考えます。これが『瞬間油熱乾燥法』の発見でありました。
天ぷらを熱い油で揚げると水分が蒸発してコロモにたくさんの小さな穴があきます。麺も同じでは?とひらめいたのです。
麺を油で揚げると天ぷらのコロモと同じように穴ができ、多孔質になる。
その揚げた麺に熱湯を注ぐとその細かい穴から水分が浸透し、短時間で元の状態に戻ります。
この「瞬間油熱乾燥法」という製造方法の発明により商品化の目処がつき、昭和33年8月25日に「チキンラーメン」として世に出る事になります。
この今までにない商品の「チキンラーメン」は瞬く間にヒット商品となります。
最初は従業員20人で、日産30食入で300ケースの生産量でありましたが、大量の注文にとてもさばききれず、半年後には従業員を200人に増やし、翌34年には高槻工場を建設し、昭和36年には従業員を1,000人とし、生産体制を整えます。
そして、日清食品は「チキンラーメン」発売後わずか5年で、東証2部・大証2部への上場を果たすほどの急成長を遂げます。
社名の由来は、「日々清らかに豊かな味をつくる」という創業者の安藤百福の願いから生まれたものであります。
社名に「日清」と付くと1894年~1895年に起こった「日清戦争」を連想する人もいるかもしれませんが、日清食品のホームページ上で関係ないと否定されています。
http://www.nissinfoods.co.jp/customer/faq.html
■ 沿革 ■ ----------------------------------------------
1948年(昭和23年)
株式会社中交総社を設立する。
1949年(昭和24年)
株式会社中交総社からサンシー殖産株式会社に社名変更する。
1958年8月(昭和33年)
世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を発売する。
サンシー殖産株式会社から日清食品株式会社に社名変更する。
1971年(昭和46年)
「カップヌードル」を発売する。
1999年(平成11年)
インスタントラーメン発明記念館を開館する。(大阪府池田市)
■ 企業データ ■ ----------------------------------------
正式社名 日清食品株式会社
住所 〒532-8524
大阪府大阪市淀川区西中島4丁目1番1号
電話番号 06-6305-7711
URL http://www.nissinfoods.co.jp/
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