メルマガ 第86号 ヤマハ

今回は、楽器で世界最大手の

『ヤマハ』

を取り上げます。

ヤマハといえば... 

ピアノ、楽器を製造するメーカーです。

ピアノ、楽器以外にもAV機器、携帯電話用のチップ、リゾート施設運営、関連会社のヤマハ発動機では、2輪車、ボートや漁船などのマリン製品から自動車のエンジンまで様々な製品を作っています。


そのヤマハの歴史は今から120年ほど前に遡ります。

1887年(明治20年)、創業者である山葉寅楠は医療器械の修理工として浜松にいました。


その時、浜松尋常小学校(現在の元城小学校)では、郷土出身の貿易商から寄付された非常に高価な輸入オルガンが壊れて困っていました。

そのオルガンの修理依頼が人づてで、山葉の所に来ます。

山葉は、小学校に出向いてオルガンの修理を行いますが、簡単にこのオルガンを直してしまいまた。実は、故障の原因はバネが2本破損していただけなのです。

その修理の時、山葉は、

「将来、日本にオルガンが普及した時、高価な輸入品を輸入しなくてはならない。
低価格のオルガンが国産化されれば、それは必ず日本のためになる。」

と思い、オルガンの国産化を決意する事になります。


山葉はすぐにオルガンの試作に取り組み、試行錯誤の末、わずか2ヶ月でオルガンの試作品が完成します。

しかし、このオルガンは形は良かったのですが、調律が不正確で、とても楽器としては使えるものではありませんでした。

山葉は、試作オルガンの酷評にもめげず、本格的なオルガンを作る為、音楽取調所で1ヶ月間、音楽理論を学びます。

そして、学んだ音楽理論を生かした第2号のオルガンの試作品を完成させます。
この2号機は調律は完全で、輸入品と十分に渡り合える製品でした。
ここに国産オルガンが誕生したのです。

山葉は翌年、1888年(明治21年)に山葉風琴製造所の看板を掲げてオルガンの生産を開始します。
そして、1年後には会社組織として、合資会社山葉風琴製造所を設立します。
数年後には東南アジアへオルガンを輸出するほどまでに会社は成長します。

オルガンの製作は順調に拡大していきますが、山葉の頭の中には、ピアノを国産化したいという思いがありました。

1899(明治32)年にピアノの製造法を学ぶ為、単身アメリカに渡ります。

帰国後、直ぐにアップライトピアノの製造を開始し、3年後にはグランドピアノの完成させます。

1903年(明治36年)に開催された第5回内国勧業博覧会にピアノ、オルガンを出品し、最高牌を受賞します。翌年には、セントルイスで開催された米国大博覧会にピアノ、オルガンを出品し、名誉大牌賞を受賞します。

これらによりヤマハのピアノは世界から認知、評価され、現在のヤマハへとつながっているのです。

「ヤマハ」の社名ですが、創業者である山葉寅楠の姓からとり付けられています。


■ 沿革 ■ ----------------------------------------------

1887年(明治20年)
山葉寅楠が浜松尋常小学校でオルガンを修理する。
オルガン製作に成功する。

1888年(明治21年)
山葉風琴製造所を創設する。

1889年(明治22年)
合資会社山葉風琴製造所を設立する。

1897年(明治30年)
日本楽器製造株式会社を設立する。

1955年(昭和30年)
二輪車部門をヤマハ発動機株式会社として分社化する。

1987年(昭和62年)
日本楽器製造株式会社からヤマハ株式会社に社名変更する。

■ 企業データ ■ ----------------------------------------

正式社名 ヤマハ株式会社
住所   〒430-8650
     静岡県浜松市中沢町10-1
電話番号 053-460-2141
URL    http://www.yamaha.co.jp/


メールアドレス:
まぐまぐ


2006年07月03日 21:31