メルマガ 第114号 コーエー

今回は、ゲームソフト制作会社の

『コーエー』

を取り上げます。

「コーエー」と言えば「信長の野望」シリーズが有名です。
1983年に第1作目が発売され、現在までに12作が発売されており、歴史シミュレーションゲームというジャンルを確立させた不朽の名作です。

最新作は、2005年6月22日にWindows用として発売された「信長の野望・革新」で、技術革新という概念を導入した事により戦略が多様化し、リアルタイムでのゲーム進行により、瞬時に的確な判断力が要求され、3Dによる日本全国1枚マップ実現により、見た目の美しさや臨場感が向上するなど、8つの革新が盛り込まれています。

信長の野望【革新】
http://www.gamecity.ne.jp/kakushin/


また、オンライン版の「信長の野望Online」もプレイステーション2用で発売され、「Nintendo DS」や「PSP」向けなどでも「信長の野望」シリーズが発売されラインナップを増やしています。

「信長の野望」の「コーエー」ですが、最初からゲームを作っていたわけではなく、もともとは、廃業した実家の染料問屋の後を引き継ぐ形で設立した会社で、工業薬品の染料を販売する会社でありました。しかし、構造的な不況で、会社は全然うまくいきません。社長の襟川陽一は、一生懸命に営業活動や研究開発を行いますが、業績はどんどん悪化する一方でした。

そんな時、襟川は、妻から誕生日にパソコンをプレゼントされます。以前からパソコンに興味を持っていた襟川は、仕事そっちのけでパソコンに没頭します。独学でパソコンを覚え、在庫管理や販売管理のプログラムを作るほどになり、それにとどまらず、ゲームの製作にもとりかかります。

歴史が好きだった襟川は、「川中島の合戦」というゲームを作ります。
これが思いのほか良く出来たため、販売する事を考え「マイコン」というパソコン雑誌に小さな広告を載せます。これが大反響で、襟川の元へ手紙や電話が殺到します。

この大ヒットにより襟川は「光栄」を染料の販売会社からゲームソフトメーカーへ転換し、続いて「信長の野望」を製作しますが、こちらも大ヒットし、シリーズ化される事となります。この「信長の野望」のシリーズ化により、歴史ゲームソフトメーカー「光栄」の地位を不動のものとします。

社名は設立の時から漢字の「光栄」であり、「光栄」には光り栄える会社にという願いを込めて付けられています。1998年(平成10年)にCIを行い、「光栄」を現在のカタカナ表記の「コーエー」としています。しかし、登記上の社名は漢字の「光栄」ままであります。


■ 沿革 ■ ----------------------------------------------

1978年(昭和53年)
株式会社光栄を設立する。

1998年(平成10年)
株式会社光栄から株式会社コーエーに社名を変更する。


■ 企業データ ■ ----------------------------------------

正式社名 株式会社コーエー
住所   〒223-8503
     神奈川県横浜市港北区箕輪町1-18-12
電話番号 045-561-6888
URL    http://www.koei.co.jp/flash/


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【関連リンク】
コーエーの社名の由来

2007年01月15日 20:37